(2)囲碁の神髄は調和にあり


囲碁エッセイ(2)
 「囲碁の神髄は調和にあり」


    (執筆者:小山敏夫)
   

              
 
 2014年、100歳で亡くなった呉清源氏の、「囲碁の神髄は調和にあり」という考え方について、関連したネットの投稿や新聞記事などを参照しながら考えてみます。
 呉氏は14歳の時に日本に留学しますが、日本に一度帰化(1936)してから、終戦直後に強制的に中国籍に移され、中華人民共和国が成立(1949)すると、中華民国(台濱)籍となり、30年後の79年再び日本に帰化する、というように、2つの故国の板挟みに悩み、時代の荒波に翻弄された一生を送っています。30過ぎの1940年代には、「囲碁の全ての着点は調和に向かって進む航海の過程」だという境地に達し、さらに次の時代に打ち立てた、「勢いと速度」という現代囲碁の2本柱は、彼の新布石と調和の概念によって完成されたもので、囲碁を東洋哲学の最高境地にまで導いたと評価されてきたようです。
 
 また呉氏は、ほかの学問にも造詣が深く、1938年の6月から12月にかけて打ち継がれた、21世本因坊秀哉名人の引退碁の観戦記を元に、小説『名人』を書いた川端康成との対談で、「囲碁は古代中国の哲学である360の陰陽、つまり天文学から出た可能性がある」、「儒教の易は運命の知恵であり、道教は魂を重視する。私の性格は道教の方により近い」と語っている。また、川端康成の問いに、「碁は争いや勝負というより、調和だと思います」と応え、川端氏は、「あれほど純潔な芸術家は見たことがない。彼は東洋精神の精髄」と対談集に書いています。
 
 従って、この、呉氏の「囲碁の調和」には、多方面に通じる深い意味が込められているように思いますが、棋力の足りない筆者にはその辺りはよくわかりません。
                                         次にこの囲碁の「調和」という考え方に関わるもので、関西棋院棋士の、金秉民(きん・ぴょんみん)(7段)という方の、「韓国は『勝負』日本は『調和』(「寄稿連載」)」という記事をネットで見つけました。
 
 まず金氏は、日本と韓国の囲碁を比較しながら、韓国が急速に強くなった大きな理由の一つとして、厳しい青少年の囲碁環境をあげています。氏によると、子供を育成する土壌がしっかりしており、「院生採用のための大会が年3回ほど開かれ、韓国全土からなんと300人前後の子供が集まり、5人ほどの入院枠を目指して戦う。そして院生になれたとしても、プロ棋士になるまでの道のりはるかに遠く、受験戦争のようなものだ」と言っています。
  韓国の囲碁教室はソウル市を中心に、全国で1000ケ所を超え、生徒数が平均70人を超える人気ぶりで、その対象は入門者、段位者、プロを目指す者の3通りに分かれて、入門者教室が最も多い。韓国での囲碁のステータスは日本に比べれば相当に高く、世界戦で勝つより、国内予選を勝ち抜く方が難しいという話も。またなぜ「世界戦で韓国勢が強い」理由の一つは、「兵役を免除されたいから」と答える人が多く、世界戦で実績を上げると免除される、といったことも若手の励みとなっており、世界戦に対するモチベーションはま日本の棋士よりがなり高いということ。
 
 その結果、勝負への意識が強く、「囲碁を打つ」ではなく、「勝負を打つ」感覚なのだそうだ。対照的に、日本の棋士はぎすぎすした勝負よりも一局の流れを大事にしている感じがする。「勝負」より「調和」の囲碁を志向するので、肝心なところで勝負弱さが出るのだろうか、と問いかけていますが、韓国では、「調和」より、「勝負」が優先している印象を受けます。
 
 因みに、最近、日本の棋戦でコミが5目半から6目半に変わったのも、韓国が先行しており、まだ5目半のころ、李昌鎬9段と劉昌赫9段が、「6目半でも黒持ちだね」と語ったのを機にコミが変更されたということ。確かに6目半になっても勝率は黒の方がいいらしい、と言っています。さらに囲碁をめぐる韓国の激しい競争や厳しい環境については、金氏の記事をご覧下さい。

 もうーつ、囲碁の「調和」に関連する記事は、朝日新聞(2015329日付け)の「風」欄の、中国総局長古谷浩一氏が書いた、「日中韓外相会議 囲碁に学びたい『和』の知恵」です。日中韓の協力関係が趣旨ですが、囲碁のエピソードが絡めてあったので紹介しておきます。
 以下古谷氏の記事の一部です。

 頭に浮かんだのは、今年初めに西安で開かれた日中韓の囲碁の世界名人戦で目にした光景である。
 それは、外交とは対照的な世界だった。日中韓の棋士たちは激しく競い合いながらも、相手への敬意に満ちた姿勢を見せていたからだ。井山裕太名人は中国の名人に敗れ、準決勝に終わったが、集まった中国の囲碁フアンからは温かい拍手が送られた。
 
 囲碁の世界で、日本の強さが陰ったのは1990年代半ば。急成長した韓国に圧倒され、その後、国家をあげて実力アップを図った中国にリードを奪われた。
 それでも、中国囲碁協会の王没南主席は、「囲碁の文化ということで言えば、日本は今でも一番です。でも形にこだわりすぎて、勝てないことがある」と話す。日本への思いやりを込めた言葉である。
 
 中国のプロ9段、江鋳久さん(53)は、こんな話をしてくれた。
 江さんが日中囲碁交流の申団代表団の一員として、初めて日本に行ったのは80年。四谷のホテルに泊まり、日本のプロ棋士8人を相手に戦った。うち7人に勝った。でも、最強レベルの棋士はいなかったので、新聞記者に思わず言ってしまったという。
9段の棋士との苅戦がなかったから不満だ」と。
 当時、中国の棋士たちにとって、日本のトップレベルの棋士を倒すということは、それほど力が入る大きな目標だったそうだ。
(中略)
 一万、日本棋院の山城宏副理事長は「囲碁は『和』なんですよ」とも言っていた。
 欧米のゲームには、相手を倒すこと、相手の陣地を奪うだけのものが多い。でも、同じ発想で囲碁は勝てない。
 すべてを自分の陣地にするような独り占めの勝ち方はほぼ不可能。相手はここまで、自分はここまでと、調和とバランスを正確に理解して初めて、囲碁は勝つことができるというのだ。
 話を戻そう。
 隣り合う日中韓は摩擦が絶えない。自らの主張を訴えるだけでは問題は解決しない。互いの立場を尊重し、半目差の優位を目指す。そんな囲碁の持つ智恵が、それぞれの国に求められているように思えてならない。

 以上が古谷浩一氏の記事内容ですが、囲碁をめぐる「調和」(「和」)の意味も奥深いものだなと思いました。

(1)囲碁の歴史と用語
(3)吉備真備と安倍仲麻呂
(4)吉備真備の後日談
(5)真岡子規と囲碁
(6)囲碁のパワースポット 寂光寺
(7)碁のうた 碁のこころ
(8)しのぎを削るトップ棋士たち
(9)日本の囲碁界


0 件のコメント: